教職を志す学生に求めること

松沼光泰(大学教育センター)

 僕は本学において主に教職に関する講義を担当している。ここでは,僕が,今どのような研究分野に興味を持って研究をすすめているかを述べた上で,これに関連した形で,教職を志す学生に何を求めるかということについて述べたいと思う。僕の専門である教育心理学や認知心理学,教科教育の分野においては,学習者が授業で学習内容について学ぶ前に,自然現象や社会現象について,自己の偏った経験から,自分なりの知識を持ちがちであることがよく知られており,このような知識は間違ったものが多いとされている(麻柄, 2006)。学習者のこのような知識は,これまで,ル・バー(細谷, 1970),前概念(Clement, 1982),素朴概念(稲垣, 1995)など様々な用語で呼ばれてきた(本稿では,ル・バーという用語を用いて,当該概念を記述する)。
 そもそも北尾(1991)によれば,知識は頭の中に貯蔵されているが,それらは何の秩序もなく,バラバラな状態で貯蔵されているのではなく,それぞれの知識が網の目のようなネットワークを形成した状態で貯蔵されている。そして北尾は知識がこのようなネットワーク状をなした状態で貯蔵されているならば,人がある知識を得るということは,新たな知識がこの既存のネットワークの中に組み入れられるということを意味するとしている。つまり,何かを学習する時には,人は既に持っている知識あるいは知識のネットワークを何らかの形で利用すると言える。したがって,このような考え方に即して考えるならば,人には既に持っている知識というものがあって,人はそれを利用することによって,初めて効果的な学習をすることが可能になると言える。
 このように既有知識は学習に不可欠なものであり,学習者は既有知識を何らかの形で利用して新たな知識を得ることになるが,冒頭で述べたように学習者が常に正しい知識を持っているとは限らず,しばしば学習者はル・バーと呼ばれる誤った知識を持っていて,このル・バーが学習内容の理解に干渉を及ぼすことがある。また,このル・バーは通り一遍の授業では修正できないことも指摘されている。僕は,現在,このル・バーという概念に関心を寄せ,このル・バーを効果的に修正する教授方法,つまり教え方について研究活動を行っている。
 僕は何も初めからル・バー及び教え方に興味を持っていたわけではない。僕は,博士課程の2年生の時より,中学校,高等学校において,英語を教えるようになり,そこで教員にとって教えるということがいかに大切かということを痛感した。なぜ僕が中学校,高等学校において働くうちに,教える,すなわち,授業が教員にとって特に大切であると思うようになったのか。もちろん,教員の役割は,授業で教科内容を教えることだけではない。言うまでもなく,教員の役割には,学級経営,部活動の指導,保護者・地域との連携などさまざまなものがある。しかし実際に教育現場で働いてみて,授業の評判のよい(あるいは,授業に一生懸命取り組んでいる)先生は,誤解を恐れずに言うと,得をすることが多いと感じた。長い間,仕事をしていると,どんな人間でも失敗をすることがあると思う。仕事で失敗をしたとき,授業の評判のよい(あるいは,授業に一生懸命取り組んでいる)先生は,生徒,他の先生,保護者に助けてもらえる(変な言い方をすると,大目に見てもらえる)ということがあるように思う。例えば,他の先生が「○○先生は今回そんな失敗をしちゃったのか。だけどあの先生,一生懸命教えてくれるってうちのクラスの子に評判いいよ」と言ってくれたり,保護者が「○○先生に教えてもらって家の子は数学が好きになったの。あの先生はよい先生よ」と擁護してくれたりすることがあるように思う。
 私は現在教職実践演習という授業を担当している。その授業では,授業の一環として高校に研修に行くことになっている。そこでもくしくも副校長先生が「教員は授業で勝負」ということを仰っていた。そう,当たり前のことなのだが,児童生徒にとって学校生活の中心はやはり授業なのだ。その授業を分かりやすく実践することは,教員の重要な責務なのであろうと思う。だから,教員を心ざすみんなには,自分の専門の科目を一生懸命勉強して,分かりやすい授業を実践する先生になって欲しいと思っている。その上で大切なのは,学習者の既有知識がどのような状態にあり,学習者がどんなことでつまずくかを予想できることなのではないかと思う。そのようなわけで,僕は現在ル・バーという概念に興味を持っている。
 話は変わるが,僕は高校生のときからTHE ALFEEというバンドを応援してきた。彼らは,今年,めでたくデビュー40周年を迎えた。彼らは今年60歳になるのだが,ライブのときは,昔と変わらず,ステージで走りまわって観客を楽しませてくれる。リーダーの高見沢俊彦さんに彼の同級生が「その年でよくあんなにステージで走れるな…」と質問したところ,それに対して彼はこう答えたそうだ。「俺はプロだよ」と。そう。教員も教えることのプロであるはずなのだ。教職をめざす学生のみんなにも教えることのプロになって欲しいと思っている。
 僕もこの文章を書きながら,自分の授業は本当に分かりやすいのか,いつも真剣に授業に取り組んでいるのかを振り返っている。僕も教えることのプロであるはずなのだから。

引用文献
Clement, J. (1982). Students’ preconceptions in introductory mechanics. American journal of Physics, 50, 66-71.
細谷 純 (1970). 問題解決 東洋(編) 講座心理学8思考と言語(pp.207-236) 東京大学出版会
稲垣佳世子 (1995). 素朴概念 岡本夏木・清水御代明・村井潤一監修 発達心理学辞典 ミネルヴァ書房
北尾倫彦 (1991). 学習指導の心理学 有斐閣
麻柄啓一 (2006). 第1部解説 麻柄啓一(編) 学習者の誤った知識をどう修正するか―ル・バー修正ストラテジーの研究―(pp. 91-95) 東北大学出版会

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