本を読むことやドラマを見ること―「暮しの手帖」と祖父
高瀬 祐子
_朝ドラ「とと姉ちゃん」を見ている。私が「とと姉ちゃん」を楽しみに見ている理由は、内容もさることながら、ひとえに「とと姉ちゃん」のモチーフが雑誌『暮しの手帖』を作っていた大橋鎭子さんだからである。『暮しの手帖』、その響きを聞くだけで、私は大好きだった祖父のことを思い出し、ノスタルジックな思いにかられ胸がジーンと熱くなる。
_祖父は『暮しの手帖』を定期購読していた。祖父の家で祖父と一緒に並んで『暮しの手帖』を読むのは子供の頃の私の楽しみの一つであった。私の目当ては当時連載されていた藤城清治が挿絵を付けていた童話を読むことだったが、家電好きの祖父は商品テストの企画がお気に入りで、そのページを読みながら私にいろいろ解説をしてくれた。その他にもおいしそうな料理の並ぶページを眺めてはレシピをメモしたり、収納に関する情報を入手して家に帰って試したりした記憶がある。
_「とと姉ちゃん」を見ていると当時の記憶がよみがえり、それと同時に祖父が祖母と2人で慎ましく暮らしていたぶどう畑の小さな家を思い出すのである。「とと姉ちゃん」では戦後、貧しく物のない時代に生活を豊かにするための知恵や工夫が紙面となるまでの過程が描かれているが、その様子は家の随所に暮らしやすくするための様々な工夫をほどこしていた祖父の暮らしぶりと重なる。要するに、私は「とと姉ちゃん」を見ながら、その向こうに祖父を見ていたのだ。
_思えば、私はお盆とお正月に訪ねる祖父の家で様々なものと出会い、影響を受けていた。ムーミンの絵本にはじめて出会ったのも祖父の家だった。その後トーベ・ヤンソンが書いたムーミンシリーズの原作は私の愛読書となり、小学生の時に文庫で全作揃えた時は嬉しくて、購買でつや紙を買ってカバーを作ったほどである。ワープロの使い方をはじめて教えてくれたのも祖父だった。その時使ったワープロは、祖父が新しいものを買った後、私の部屋へやってきた。
_当たり前のことのようだが、今の私が子供の頃に経験/体験した様々な出来事からできていることにあらためて気づかされた。それは時に環境や教育という言葉に置き換えられるものかもしれないが、そういう言葉では言い尽くせないもっと些細で、それでいて記憶に残る小さなことの1つ1つがゆっくり積み重なって、混ざり合って私たちは作られているのだろう。
_本を読んだり、映画やドラマを見たりする行為は、まさにそのような小さなことの1つである。私が祖父の家で読んだ童話の数々や絵本は、祖父と並んで読むという特別な空間とあいまって、私の中に深く印象を残し内包されていた。そして、本を読んだり、文章を書くのが好きな現在の自分に結びついている。
_文学を専門とする英語の教員として、授業で文学作品を読むことがある。様々な分野を専攻する学生たちと一緒にテキストを読み、内容に関するコメントを聞くことは非常に新鮮でおもしろい。もちろんそこには、語彙力の向上や文法を意識して長文を読むといった狙いもあるのだが、科目名や担当した教員の名前は忘れてもいいから、「こんな話を昔大学の授業で読んだな~。」といつの日かふと思い出してくれたら嬉しい、という私のささやかな期待が込められている。
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