鈴木寛文部科学副大臣の講演にみる教員養成教育改革の展望と課題

(大学教育センター 学術研究員 望月耕太)


教員養成教育に関する現状の課題

 2010年9月25日(土)、日本大学文理学部にて、日本教師教育学会第20回研究大会公開シンポジウムが実施された。このシンポジウムでは、鈴木寛文部科学副大臣が「教員養成期間の長期化の構想」をテーマに講演された。本稿では、副大臣が講演の中で述べた大学における教員養成教育(以下、養成教育とする)に関する現状の課題と今後の展望について、そして講演内容に対する筆者の考察を記す。
 副大臣は講演の中で、今後の教員養成に関わる制度改革の目的について次の3点を示した。1点目は、教員の社会的な地位を向上させることによって質の高い教員を育成することである。2点目は、教員は専門職であることを、教員自身と教員養成に携わる大学関係者が再認識するきっかけとなることである。3点目は、生涯にわたり学び続ける専門職としての「きわめる教員(学問・真理を究め、技を極める人)」を、育成することである。この3点の内容から、副大臣は制度改革によって教員の社会的地位の向上をはかると共に、教員を専門職として確立させることをねらいとしていることが考えられる。
 また副大臣は、現在直面している養成教育に関する問題を挙げている。ここでは実際に副大臣が挙げた問題の中で、(1)養成教育の教育内容に関するもの、(2)養成教育を行なう教育機関に関するもの、(3)学校現場に関するものを記す。

(1)養成教育の教育内容に関するもの 
①教育実習
・他の国々(アメリカ、イギリス、フィンランドなど)に比べ教育実習の期間が短い。
・教員志望ではない学生も教育実習を受けるため、教育実習生の受け入れ先の学校の負担が大きい。
②養成教育の期間
・他の国々に比べ教員を養成する期間が短い。
・我が国の教員以外のプロフェッション(医師、法曹関係、薬剤師など)に比べ養成期間が短い。

(2)養成教育を行なう教育機関に関するもの 
①養成教育を行なう大学
・卒業生が教員にならない大学が多数存在している。

(3)学校現場に関するもの 
①学校現場が抱える問題の変化
・教員が対応しなければいけない事案(不登校の増加、外国籍児童の増加、など)が変化している。
②教員の大量退職時代
・大量退職時代を迎え、経験の浅い教員が大量に誕生している。

教員養成教育に関する今後の展望
               

 前節で挙げた問題に対処するため、副大臣は今後養成教育の教育期間を延長し、これまで以上に教員の指導力を強化できるような教員養成カリキュラムを再編し、教員養成機関を精選していきたいと述べている。
 養成教育の教育期間の延長とは、教員になるための主な要件を現在のように准学士(短期大学卒業程度)や学士の学位の修得から、修士の学位の修得に変更することである。さらに、修士を修得していない現職の教員には、修士を修得できるよう修士課程で学ぶための研究休暇を取得できる仕組みを整えることが考えられている。また、教員養成カリキュラムの再編とは、主に教育内容についてのことである。教員養成機関には、これまでよりも長期に渡って教育現場と継続的な関係を保つことができるよう、教育実習の期間を延ばし、その他教育実践に関わる授業数を増加することが求められる。最後に、教員養成機関の精選であるが、これは教育実習による学校現場の負担を軽減するため、再編後のカリキュラムが実施困難な教育機関には養成教育を行なわせないということである。これらを実現するために、現在の教職大学院を活用することが考えられている。教職大学院の教育と学部の教育とを結びつけることによって、学部段階から修士段階まで連続した養成教育を実現することができるためである。
 一方、このように教育内容と教育機関が再編されていく中で、新たな問題も浮かび上がる。1点目は、これから教員を志し養成教育を受ける学生の待遇である。これから大学に入学する学生は、教育期間が延びるため、これまで以上に学費や生活費等が必要となる。その他にも、大学在学中に教員の志望を辞めた学生の進路についての問題が生じうる。副大臣によると、現在のところ文部科学省(以下、文科省とする)は学生の経済的な負担の増加に関して、奨学金制度の創設を考えているが、その他に起こりうる新たな問題の対策については、十分な考えを持ち合わせていない(「例えば、大学在学中に教員の志望を辞めた学生の進路についての問題など」)。2点目の問題は、養成教育を担当する教育機関に対する国の対応である。今後全ての教員に修士の修得が求められるようになれば、各大学は組織を改編しなければならず、新たに人手、費用、準備期間などが必要になる。文科省としては、10年程度先を見据えた移行措置を講ずるなどして対応することを考えているようであるが、具体策は見えてこないため、今後の教員養成政策の先行きは不透明であると言わざるを得ない。
 以上の2つの問題に対処するため、文科省は大学と教育現場からの意見を聞きつつ、問題への対処法を考えていくようである。そのため現段階では、文科省は養成教育に関する課題と今後の方針を示すにとどまっている。仮に、副大臣が述べたように教員の要件として修士の修得が求められるようになる時、政府は各教育機関に対し、十分な説明時間を確保すると共に新たな制度を開始するための予算措置を行なう必要がある。新たな制度がいたずらに大学と教育現場を混乱させるものとならないようにするためにも、今後養成教育に関して政府と大学や教育現場による対話の機会が十分に得られることを願う。