着任のご挨拶
中村美智太郎(大学教育センター)
_この6月より学術研究員として大学教育センターに勤務させて頂いております中村美智太郎です。どうぞよろしくお願い申し上げます。大学教育センターでは、主に日本の大学におけるPBL調査やチューターズ・ルーム、インターンシップ関連の仕事を担当しております。
_私の研究上の出発点は、近代ドイツの哲学・倫理学・教育思想の文脈でのFr.シラーの思考です。博士論文ではFr.シラーの美的教育をテーマに選びました。ゲーテと並ぶ古典主義の詩人として知られるシラーですが、実はI.カントの思想を熱心に研究しており、その影響下にありながら独特の思想を展開した人物でもあります。従って、いわゆるドイツ観念論の流れにも位置づけることができるわけですが、背景には当時のフランス革命をめぐる状況、ロマンティカーたちとの交遊なども入り交じって、美的教育の思想が形成されていったという点を無視することはできません。この形成プロセスを辿りつつ、彼の思想の核心を明らかにしていくことが、私が博士論文で目指したことでした(今でも引き続き、この問題については考えております)。
_遠いドイツの、しかも18世紀・19世紀に花開いた思想は、私たちの暮らす日常世界とは、時間的にも空間的にも距離がかなりあるようにも思えます。しかし、実はそんなことはありません。とりわけ「3.11」を経験した私たちの世界状況は、シラーたちの生きた時代ときわめてよく似ていると言えると思います。
_例えば、およそ6万人と言われる死者を出したリスボン大地震、フランス革命後に恐怖政治化した状況を受けて生じた政治への危機意識の高まりなどは、今日の日本の置かれた状況でも当てはまる現象であると言えます。あるいは、シラーの思想は「書簡」という形態をとって発表されるものも多かったわけですが、16世紀にヨーロッパで整備され始めて普及しつつあった近代郵便制度を背景に、郵便物として配達される新しいメディアとしての「手紙(=書簡)」によって生まれる書簡文学のありようは、まさに新しいメディアとしてTwitterやFacebookを利用している私たちの状況と重ねあわせて理解することもできるでしょう。
_シラーの思想はまさに、こうした「新しい時代にふさわしい主体とはどのような主体なのか」という問いを突き詰めたものであると言えます。どのような主体を形成する「べき」なのかを考えたという点からみると、それは「倫理学」の問題であるとも言えますし、どのような主体を「形成する」べきなのかを考えた点からみるならば、それは「教育学」の問題でもあります。このように普遍性ないし多面性を持っているという点こそが、シラー思想の魅力なのだと感じますし、決して「遠く離れた世界で生まれた、私たちと無関係の思想」にはならないように思うのです。私たちの生きる世界もまた、シラーの時代と同様に、あるべき主体形成の問題を真剣に考えなければならないではないでしょうか。
_私は、この主体形成をめぐるこれまでの研究をベースにして、今日の道徳教育や安全教育、キャリア教育といった教育の問題も考えております。また、PBLやインターンシップについても、大学生等における主体形成の問題として考えたときに、これまでの研究蓄積も活かしていけるのではないかと思います。これから大学教育センター、静岡大学の発展に微力ながら貢献できれば嬉しく思います。改めまして、どうぞよろしくお願い致します。