【藤森 敦之・大学教育センター講師 】前置詞の効果的な学習にむけて
1. はじめに
英語の前置詞は動詞などと並び、文を構成する重要な要素である。したがって、英語の理解度を測るテスト、たとえば、Test of English for International Communication (TOEIC)などでも頻繁に問われる項目となっている。過去の出題問題を見てみると、文法・語彙の知識が試されるPart 5とPart 6で前置詞の用法に関する問題が10%前後出題されている。しかし、大学の授業を見渡すと、前置詞をしっかり理解できている英語学習者はあまり多くない。ここで前置詞の効果的な学習法について考えてみたい。
前置詞を理解する際には、その文法的なふるまい(Emonds, 1972)、および各前置詞の意味を押さえる必要があるが、今回は意味に焦点を絞って考えてみよう。 前置詞の数は80を超えるともいわれ、その意味の理解は英語学習者の悩みの種となっている。しかし、似通った前置詞の意味をよく考えてみると、差異がはっきりしてくる。場所を表す前置詞は一定の位置と方向に大別できる(Déchaine & Tremblay, 2009)。例えば、inやonは一義的に、時間の経過に関わらず、ある一定の場所を表すのに対し、toやtowardは時間の経過とともに、モノの座標軸が移動していく。さらに、方向前置詞toとtowardは移動の終点の有無によって異なる。toは目的地に着かねばならないが、towardは目的地に向かってさえいれば、到着する必要はない。このように、鍵となる概念は何であるのかを把握することで、前置詞をより正確に使用できるようになる。紹介した概念はむずかしそうに聞こえるが、一目瞭然、アニメーション動画を見ると合点がいく。アニメーション動画は言語が表す出来事、つまり時間の経過とともに動くモノを視覚的に表現するのに長けている。また、関連する事柄に焦点を当てて、他を容易に捨象することができる。したがって、アニメーションを用いた前置詞の学習が有効であると予想される。以下、今までに行ってきた実証的な研究の成果についてまとめてみる。
2. 方向前置詞と位置前置詞
藤森・吉村(2012)ではto/towardとover/above、2組の前置詞を取り扱っている。各前置詞の概念的特徴および対応する日本語訳は表1の通りである。
表1: 藤森・吉村(2012)で使用された前置詞の概念的特徴(一部再解釈)および和訳
初中級程度の英語学習者106名を2つのグループ―和訳指導を行ったグループとアニメーション動画を用いて指導を行ったグループ―に分け、指導の前後に理解度調査、具体的には和訳に対応する英文の空欄部に前置詞を補充するテストを行った。結果として、どちらのグループもポストテストで正答率が全体的に伸びていた。特筆すべきは、モノが場所の真上にあるか否かで異なるoverとaboveに関して、アニメグループの正答率が和訳グループのものより有意に高かったことである。このような有意差は、移動の終点というはっきりした概念を表す場合(to/toward)には見られなかった。
3. 垂直軸の位置前置詞
藤森(2014)では位置前置詞に焦点を絞り、鉛直軸の前置詞、特に上方向のもの3つ(on, over, above)、下方向のもの3つ(beneath, under, below)を調査した。これらの前置詞は表2に示すように、「場所への接触」と「場所の境界線に対する位置」で異なる。これらの概念をアニメーションで表したものが図1と図2である(指導時にはキャラクターを動かすことができる)。
表2: 藤森(2014)で使用された前置詞の概念的特徴(一部再解釈)および和訳
初中級程度の英語学習者103名を和訳指導グループとアニメーション指導グループに分け、指導の前後に知覚テストと産出テストを実施した。知覚テストでは、各英文内で使用されている前置詞の意味が動画で描写された位置関係と一致するかを判断するよう求めた。結果で特に顕著だったのが、アニメグループがポストテストでon、above、beneath、belowの用法を正確に指摘できるようになった点である。産出テストでは、動画で描写されたモノと場所との位置関係について、前置詞を用いて英語で説明するよう求めた。結果として、アニメグループがaboveとbelowを和訳グループよりも正確に使用できるようになった。これらの事実は位置前置詞を学習する場合、アニメーション動画のような視覚情報を用いることで、抽象的概念がより具体化され、学習を促進することを示唆している。
4. 今後に向けて
紹介した2つの調査をまとめると、位置前置詞のように比較的曖昧で複雑な説明が必要な概念を学習する際、アニメーション動画が役立つと言えそうである。また、アニメーションを用いた学習は馴染みのない前置詞で特に有効かもしれない。事実、on、over、underは中学1年で導入される前置詞であるのに対し、aboveやbelowは教科書によっては高校の新出単語として扱われている。このような学習法は、英語話者が現実世界を認知的に空間把握するのと平行して、母語を習得していくことを考えれば、ごく当たり前のことなのかもしれない。調査後日、和訳指導グループの英語学習者に対して、アニメーション指導を行ったところ、もやが晴れた様子だった。最近では、視覚情報を用いた前置詞の導入を行う教科書も見られる。英語教育の未来も明るいと期待したい。研究としては途に就いたばかりである。調査項目を増やし、異なる習熟度の英語学習者に対して調査を行う、また空間的な位置以外を表す前置詞の学習についてなど取り組むべき課題が山積しているが、着実に前に進めていきたい。
引用文献
Déchaine, Rose-Marie & Mireille Tremblay. (2009). ‘The basis of aspect’. Paper presented at University of Utrecht.
Emonds, Joseph. (1972). Evidence that indirect object movement is a structure-preserving rule. Foundations of Language 8: 546-561.
藤森敦之 (2014)「前置詞学習におけるアニメーション指導の効果―鉛直軸の前置詞を例として―」『Ars Linguistica』第21号
藤森敦之・吉村紀子 (2012)「アニメーションを用いた前置詞指導―方向前置詞を例として―」『中部地区英語教育学会「紀要」』第42号 77-82頁